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長年買おうと思っていた除湿器を購入した話 (HITACHI HJS-D562)

湿った空気が苦手なのに年中室内干し派です。エアコンの冷房は部屋を冷やす過程で除湿するので一旦部屋が冷えてしまうと湿度がなかなか下がりません。その為除湿器を長年買おう買おうと思い続けていたのですが、昨年ついに部屋のいろいろな物がカビてしまったので今年の梅雨を迎える前についに除湿器を購入しました。HITACHI の HJS-D562 という機種にしました。


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スペック

公式サイト http://www.hitachi-ls.co.jp/product/dehumidifier/hjs-d562-d771/ より、

木造 ~7畳(12m2)
プレハブ ~11畳(18m2)
鉄筋 ~14畳(23m2)

 除湿器の方式

除湿器の方式には主にデシカント式とコンプレッサ式が有ります。

  • デシカント式:
    ・温風が出るため部屋の温度が上がる(夏に使うなら冷房併用をおすすめ)。
    ・部屋が冷えていても除湿可能。
    ・消費電力高め。
  • コンプレッサ式
    ・部屋が冷えると除湿効果ダウン。
    ・消費電力低め。

ざっくりこんな感じですが、夏は冷房入れっぱなしなのでデシカント式にしました(この機種がデシカント式です)。湿度が下がる分冷房は弱くて済むのでコンプレッサ式でもいい気もしますがこの辺は保険です。ただ消費電力は衣類乾燥時に460Wとなかなか。

温風

スペックでは分からない部分です。流石にファンヒーター並みの風が出る訳ではないですが、性能高めのPCの排気ぐらいの温度はします。1Kの部屋で冷房無し運転を続けていると部屋の温度は徐々に上がっていきます。

スペックに記載が有る物の分かりづらい部分です。スペック上では衣類乾燥時に 約50db とあります。dbの目安についてGogle検索してみると「クーラーの室外機」などがそのぐらいの音のようです。確かに実感としてはそんな感じです。

以下は除湿が最大稼働時の音をスマホのボイスレコーダーで録音して音量を調節した物です。再生環境にもよって印象が変わるのであくまで目安程度ですが、普段音楽を聴く音量で視聴してみてください。

※Chrome, Firefoxなら再生可

個人的には正直これが動いている部屋で音楽を聴くのは無いなーという感じです。ただ、「静音」モードが有るので、衣類を干していない時は常時静音運転でもいいかもしれません(もちろん除湿力は落ちます)。静音稼働でもこれでクラシックが聴けるかというと全くそんな事は無いんですが、TVを見たり、映画とかではない適当な動画を見る分にはまぁ大丈夫かなという印象です。

衣類の乾き

冬に暖房有りの部屋で室内干しした時ほどはすぐに乾きません。が、概ねスペック通りと感じられるスピードでタンクに水が溜まっていきます。空気中からこれだけの水を回収していると思うと梅雨時期に期待が持てます。少なくとも昨夏よりはマシになると信じたいですね。

という訳で新しい除湿器の雑感でした。

 


「正論」が伝播するWebの世界と現れた一つの実験

Web上でのデマ、フェイクニュースが叫ばれるようになって久しいが、意外にもWeb、特にSNS上の世界はそれらと同じくらい「正しさ」が広まる世界である。そしてこれは必ずしも良い意味ではない。そう感じたことは無いだろうか。

まず「事実」としての正しさが伝わる例を考えてみたい。以下はあくまで例である。

Web上でデマを拡散しようと思っても、それはすぐに検証され正しい情報が広められるという話だ。今回このツイート、元ツイートに対しても賛同する事はしないが、より「正しい」とされる情報が上書き的に拡散されたことが分かる。

より正しく見える事実が拡散されることの是非については、多くの人がどちらかというと良いとする判断をするかと思う。

難しくなってくるのが「正しさ」「正論」である。

Twitter上で一瞬流行った、人に何かを勧める時に「崖から突き落として生き残った奴を選別する」選択肢を提供する大喜利を覚えているだろうか。これは明確なハッシュタグが用意されなかったがカッコ内で今でも内容の趣旨を検索する事が出来る。これは様々な界隈に広がりそれなりの盛り上がりを見せたが、次第に「上から目線だ」「そもそも崖に落とす必要が無い」といった意見が増え始め収束する事になる。一通り盛り上がり切ったから終わったという見方もできるが、より「正論」に見える意見が広まり始めた事により抑え込まれたと解釈する事も出来るだろう。「イキリオタク」などという言葉が大きく広まり始めたのも近い時期であったことからこれも収束に寄与した可能性が有るだろう。

確かに上から目線な内容ではあったかもしれないが、明確な実害を発生させてはいない物が「正論」に抑え込まれた例としていかがだろうか。確かに「正論」かもしれない。正論が広がる分には問題ないのかもしれない。

より分かりやすい話として「炎上」を考えてみる。特定の炎上ではなく汎用的な話だ。

何かしらが起きて炎上が起きた際にそれに対する「意見」「指摘」「非難」「正論」が大量にリツイートされてくるものの、何が起きたのか、その発端が全然見えてこない時は無いだろうか。確かに自分で検索すればいいのかもしれないし、非難の的になるようなものを自分のフォロワーにも拡散する必要は無いだろう。しかしこれによって何が起きるかというとよく分からない何かに対する「正論」だけが山のように回ってくるのである。

そしてその正論は共有を重ねられ、広まり「賛同」「共有」という形で賛成票を得ていく。よくSNS上では、特に文字数の少ないTwitterではまともな議論が難しいと言われることが有るが、代わりに「賛同」「共有」「同意見の発信」という形での多数決が取られることになる。これは自分自身が同意する・しないに関わらず多数派となった意見が一旦の勝ちになる仕組みだ。ツイートした本人は勝ち・負けなんて事は一切考えていない事が多いだろうが、結果的に大多数の正論に取り込まれて行く事になる。

そして多くの場合起きるのが「更に正しい意見」の拡散だ。これは圧倒的に悪とされるような火種ではなく、男性と女性、経営層とワーキングプアなど、立場の違う層が絡む場合が多い。一旦の多数派となった意見だが、世の中に完璧な意見という物は無く、穴をついた新しい解釈・より正しく見える解釈が登場する。本人が「いや、自分はこう思っている」と発信するか、明確に意見の上書を狙っているかはともかく、それらは「新しい正しい意見」「今までの意見よりもより正しくセンセーショナルな意見」として容易に拡散する。否定をする事が好きな人はこのタイミングで「最初の正しい意見」に乗った人たちを「より正しい正論」で批判する事が出来るので、この正論の上書が加速される。炎上は結局のところ最初の火種ではなく油を注ぐ人たちによって広まるとはよく言われる事だが、中にはこういう「より正しい正論を広める快感」というメカニズムが有るのではないだろうか。

ここまでの例は何かしらネガティブな要素がありそれを発端としていたが、そうではない例も有る。例えば「ネット上で本名を出す事は危険であり辞めるべきだ」という意見がある。最近はネット上でもいわゆるリアルな世界とのフラットな関係を求め本名を使う人も増えた。リスクについては大人であれば自己責任で問題無いだろう。ただ、リスク以外の部分が問題となる事が有る。

ネットに実名を出すのはやってはいけない事だという、それなりの割合の人に正しいとされる共通認識がある世界において、本名を出す事はリテラシーの無い人に思われるリスクが有るという話だ。実名を出す事は一長一短があり自由にやればいいと思うが、これも暗黙的な「正しさ」の影響とは言えないだろうか(言えないかもしれない)。

こうなると正しい意見が広まるのは当たり前、正しい意見が広まるのは良い事だ、だけではない可能性も出てくる。もちろん大多数が間違いだと感じる意見よりは大多数が正しいと思う意見が広まった方が社会は良い方向へ向かうのかもしれないが。

まだ例を出すのか、と思われるかもしれないがあと一つだしておこう。これは後述する話にもつながるので読んでみてほしい。

フィクションの薄暗い欲求を現実に持ち込まないために
https://libsy.net/blog/1034

これはそれなりに「正しい」意見とされたようで、それなりに拡散されました(もちろん私自身の観測範囲がそうであった、というだけの話です)。今回はこの内容について賛同も否定もしません。一旦おいておいてください。

ここではこれまでの「正論」の強力な伝播の強さには「ゾーニング」という要素が絡んでくる可能性が見えてる。例えば冒頭の「イキリオタク」についてだが、逆にイキれる要素の無いオタクとはなんだろうか。今のティーン層では「中二病」はなってはいけない物という扱いだと聴いたことは無いだろうか。ネットが世界を狭くしたことにより若いうちから「中二病」になる事を避け、世界中にはすごい人がいくらでもいる事を知り自分は何者でもないという意識になる。誰からも批判されないより「正しく無難」な姿になっていく。もちろん迷惑な人になるよりは無難でイキらないまともな人の方が圧倒的に良いだろうが、ここまで均質化されることが果たして正しいのかと思わなくもない。

炎上についてもゾーニングという視点が有る。

周囲の視線が無くなれば炎上は簡単に沈下するという話が有る。これは「燃やそう!」という攻撃的な層の話だけではなく、「正論」に乗りたくなる層、その正論よりもより正しい正論で正論を唱えていた人を安全に上回りたい層にとっても有効だろう。これもある種のゾーニングと見る事が出来る。

男性しかいない会社が飲み会でセクハラまがいの話をしていても比較的炎上しづらい、これがネットで炎上するのはもちろん様々な立場の人が居るからだ。セクハラはもちろん無くすべきな物でありほとんどの人にとって正しい「正論」で叩きのめされていくのである。

「鳩羽つぐ」という実験

この話に繋がってくることは何割かの人が予想していたもしれない、「鳩羽つぐ」の話である。

「鳩羽つぐ」の事を簡単に説明すると、実写映像ではなく3Dモデルを使ったYoutuber(=Vtuber)、というていのVtuberともまた違う映像作品である。現時点ではまだ短い動画が3本あるだけだ。

公式アカウント: https://twitter.com/HatobaTsugu

このVtuberはどんな新製品も紹介しないしどんなゲームも実況プレイしない。それどころかセリフがほとんどなく作品内の情報がほとんどないなかで、退廃的な雰囲気、一人だけの少女、倉庫、雨、街中の喧騒、決して一般的な家庭とは思えない風景などが描かれる。これに対して一部の過激な層からは「実は誘拐された(という設定)なのではないか」「実はもう死んでいるのではないか」といった見方が出たり、そこまでではない層からも何も無い情報と断片的な不穏なイメージを感じ取って「これは一体何なのか」という静かな盛り上がりを見せている。

そしてこれは実に燃えやすい状態だ。いや、「正論に対する抵抗が無い状態」と言えるだろうか。まず鳩羽つぐにたいして悲惨な想像・イメージを持ってしまう事は「フィクションの薄暗い欲求を現実に持ち込まないために」で語られた「正しい意見」である程度片付ける事が可能だろう。

また、これはあくまでソフトなイメージを持つ少女と硬質な世界観を組み合わせた作品であり、これに不穏な物を感じる事自体が間違いという意見も見かけた。単純に少女の可愛さになごむような層も居るだろう。退廃的な世界はたとえば直近だと「少女終末旅行」という人がほぼ絶滅した世界を旅する作品が有ったし、そうでなくてもSFでは古典的なモチーフだ。そういった視点で楽しむのも大いにありだろう。

ではこれら「正しい」「無難」意見が素直に多数決で勝つかと言われると、大元の作品がそうなっていない。まずこれが実写映像でTVでお昼に放送されていたとしても、家庭で見た主婦は「どこか不気味な作品」と受け取る事だろう(これはあくまで私の想像だ)。鏡に映っていると思いきや鏡としては矛盾の有る映像、納豆らしき物を食べているのにコリコリする音、そもそもなぜこの少女の声は騒音の中でかき消されるのか、なぜこんなに声の音量が小さいのか、自分が生活している様子を動画で残す「宿題」とはなんなのか。もちろん鏡を例にとれば「3D世界での鏡は難易度が高いので細かい所は気にしないで欲しい」という単純なクオリティの問題で片づける事も出来る。が、それにしたって「あくまでそういう作品ではない」とは例え公式の中の人がそう言ったとしてもそんなことはないと受け取らざるを得ないだろう(これは正しい意見ではなく私の意見だ)。本心から「そういう作品ではない」と思い制作していたとしても「不審な点」は結果的に現に用意されているのである。

「鳩羽つぐ」は一体何の実験を行おうとしているのか。

何か不幸な、そうでなくても特殊な事情を感じさせるSCP的なネットミームなのか。不穏では有りつつも決定的な要素を出さない展開を続け「鳩羽つぐを殺したのはお前らだ」と宣言でもするのか。そんな展開が無くても大きな炎上に至るか「このコンテンツに触れているような人はアレ」という薄暗い物になるかはともかくこのコンテンツに対する「正論」「より正しい正論」は広まる可能性が大きい。

そう考えるとこの実験は「無難に退廃的なモチーフ+少女物の一つとして広まるのか」「どのように醜悪な思想が広まるのか」「どのように正論で叩き潰されるのか」「”ゾーン”の外に広まることは無く細々く残るのか」「いつ正論により風化しコンテンツとして死ぬのか」といったSNS上の正論の伝播を実験しているようにも見えてくる。

これに関してはリアルタイムの事象なのでどうなるのかは分からない。盛り上がりの割に取り上げる記事が少ないのも「自分が燃やされる側にはなりたくない」という危機回避の意識が少なからずあるだろう。この見方によってはろくでもない実験がどうなるか、あまり明るい未来は見えていない気はするが終わり際は見届けようと思う。